2010年01月11日

続・会社は誰のものか

先日の記事「会社は誰のものか?公開会社法をめぐる議論」の話は下火になってかと思っていたが、まだ続いているようだ。

それでは株式公開企業は形骸化するのみか My Life in MIT Sloan

もう昨年の話であるが、神戸大の加護野教授による12/30の日経教室は、「ドラッカーと経営」をタイトルとしていた。3つのポイントのうち、2つが企業の目的に関するもので、『「企業の目的は利益追求」と決めつけるな』『利益以外の目的掲げ、チェックを怠るな』とある。

筆者は序盤で以下のようにまとめる。
>バブル崩壊以降、投資家志向の会社統治制度の改革が行われ、上場企業の経営者は熱心に利益を追求せざるをえなくなったが、その結果、かえって利益は得られなくなった。利益とは追いかけると逃げていく蜃気楼のようなものと思い知らされた経営者も少なくないだろう。良いことをすれば利益は後からついてくるという基本は、…
要するに利益を求めると利益が得られませんよ、という逆説だ。

またこういう法則が知られているらしい。
>…不思議なことに、利益にとらわれてしまうと見えなくなってしまうものがあるからだ。短期の利益に目を奪われて長期投資や長期の成果に結びつく投資が忘れられてしまうという現象がその典型である。これを経営のグレシャムの法則と呼ぶ。短期の意思決定は長期の意思決定を駆逐するという法則である。

ここまでの言説が正しいかどうかは今すぐ判定できないが、感覚的には十分理解できる。

株式会社の目的は理論的には「主権者である株主利益の最大化」である。これは本文でも暗に示されている。従業員を雇ったり借入を行ったりは、そのための手段に過ぎない。しかしこの「利益」というのは長期的な「利益の合計」の最大化である。近視眼的に利益を最大化をしても、その後の利益が続かなければ意味が無い。しかし人間には「利益を上げよう」と考えるとどうしても短期的になってしまうバイアスを持っている。

ここまでの話を私なりにまとめると、「利益追求はせず、利益以外の目的を掲げる」という目標は、長期的に利益を最大化するためのヒューリスティックスである、となる。「長期的な利益も大切にしなさい」と言うのだとピンとこないので、「利益の最大化は目的とするのはやめなさい」としてしまうのだ。こっちのほうがおそらく実践しやすい。「急がば回れ」という持っと端的な言葉もある。

経済教室では、この言説を補強するために名経営者(松下幸之助、稲森和夫両氏など)の言説が例示されている。「利益追求はしない」と言う目標は、長きに渡り経営学では語り継がれているのだろう。(繰返すが、これは利益最大化のためであると思う。)


話を本題の、株主主権論v.s.ステークホルダー主権論に戻す。このヒューリスティックスを用いて株主主権論を否定するのには、やや無理がある。あくまで経営学は経営者がどうすべきかを示したものであるから、政策担当者の目線とは異なる。政策担当者は経営者以外に株主・従業員など様々なプレーヤーに目を配り、インセンティブ構造を把握して制度設計を行うべきだ。特に従業員主権によって株主の投資意欲が減退することは、大きな問題である。

posted by とも at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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